人生どん底男の後悔日誌

32歳で人生転落、様々な人々の力を借りて償いの人生を生きていく男の日記です。

後悔日誌⓪ 「普通に生きていた頃の私と現在の私」

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後悔日誌の更新となります。

本日は深い内容に入っていく前に「まだ普通に生きていた頃の私」と「現在の私の状況」についてお話させてください。

 

※プロフィールや挨拶と重複する部分もありますが、改めて紹介させてください。

 

100%記憶が回復していないため、過去は思い出せている範囲ですが・・・ 

 

私の名前はゆうた。

1987年生まれの現在32歳。

容姿はよく言って中の下。

幼少の頃は成績も中の下、特に目立った特技や特徴もなく本当に「普通の子」でした。

 

目指したきっかけは思い出せませんが介護の道を志し、成人してからは介護福祉士としてしばらく働いていました。

しばらく介護士として働くも、今後の生活を見越したのか転職。

こちらも入社の経緯は思い出せませんが地元の一般製造業に勤務をしていました。

(後に母親から聞いた情報ですが、割と大きな優良企業だったそうです。)

 

肉親は判明しているだけですが・・・

母親と妹、父親は既に他界しているそうです。

そして母の兄のおじさん。

 

過去の自分は自分の覚えている限り・・・

自分の家族を・・・そして後述する妻の家族とても大事にしていました。

そして母親曰く「本当に優しい子」「自分には勿体ないほど良い子」

「本当に素敵な友人たちに恵まれていた」そうです。

 

5年前に長年付き合っていた彼女と結婚。

本当に自分には勿体ないほどの美人で素敵な女性でした。

趣味や嗜好が二人とも一緒で・・・常に自分に幸せと元気をくれる・・・

本当に自分にとって大切な女性で・・・

大好きで大好きで大好きで・・・

心から愛していて・・・

この人さえいれば私は幸せで・・・

今でもその気持ちは一切変わっていません。

 

結婚から数年、なかなか子宝に恵まれなかったのですが・・・

平成最後の年に待望の男の子二人(双子)を授かることが出来ました。

夫婦揃って大喜び。

出産までの毎日が夫婦二人の大切な時間。

出産の際には子供が産まれてくるその瞬間まで泣きながら隣についていたのをはっきり思いだしています。

初めての子供が双子ということもあり、昼夜を問わず本当に大変でした。

病気、夜泣き、食事を食べない、どうすればいいか分からない育児。

それでも・・・それでも本当に幸せで・・・

夫婦二人で悩んで離乳食を考案作成。

深夜の定期的なミルクと授乳。

交代でのお風呂。

実の親、そして妻の両親からも「親バカ」「子煩悩」と笑いながら言われるほど子供たちの為に身を捧げてきました。

 

 

幸せの真っただ中。

順風満帆にいっていた、いやそう見えていた最中。

 

令和二年の3月、私は突如姿を消しました。

 

どうやら首つりを試みたらしく、首にロープの締まった跡。

そしてそのショックからか過去の自信に関わるほとんどの記憶を失った状態で、故郷から遠く離れた土地で保護をされました。

 

その後は外界からほぼ隔離をされた様な施設へと移送され、療養生活とは名ばかりの、ほぼ軟禁状態の生活を余儀なくされました。

 

しかしその施設での出会い、人との交流を通じて徐々に記憶は再生されていきました。

 

そして詳細は次回以降の後悔日誌で書いていきますが、自身にその記憶が無くても発覚していく過去・・・

 

一度はその事実を知ってしまった事から生きることを諦め、物も食べず、口も開かず、ただ横になって自身の死を願う。

全てにおいて無気力の抜け殻の様な人間にまで成り下がりました。

 

ですがそれでも、運命的な出会いを通じて今こうして、再び立ち上がっています。

 

保護された施設のご厚意で厨房での調理の仕事を貰い、そして寮の一室を貸して貰いました。

掃除洗濯、自炊。

自分のことは自分でする、自立のための一歩も歩き出しています。

 

そして自らの「過去を取り戻す、償いをする」という自身の確固たる意志のもと・・・

今を、今を生きています。

 

過ちは償い、自身の過去とは逃げずに向き合い戦うと私は覚悟を決めました。

 

以上が「まだ普通に生きていた頃の私」と「現在の私の状況」となります。

少し長くなってしまいましたが、見て頂き有難うございました。

 

 

次回以降は保護された初日からのより生々しい内容で後悔日誌を更新していきます。

どうか、どうか読んでやってください。